Shinzo~ History 【vol.1】

私が神社仏閣に関心を持つようになったのは、約15年ほど前に遡ります。

当時私は、とある会社の責任者をさせて頂いておりました。

ある時私と男性部下はそれぞれプライベートな問題を抱えており、その頃話題となりつつあった、

【パワースポット巡り】

をして運気を変えようという安易な気持ちで出かけました。

その目的地は、奈良県吉野の山深い場所にある、

 

 

 

 

 

 

【天河大辨財天社】

今でこそトンネルや道路も拡張され、不安を感じる事なく辿り着く事ができますが、当時はまだ
対向車とすれ違うにも困難な箇所が何カ所もありました。

スーツを着用し、ご祈祷を受けたのもこの時が初めてでした。

そこでは拝殿に吊るされた不思議な形の鈴が妙に気になり、ご祈祷をお受けした後撮影した画像には
こんな明るいオーブが映っていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて訪れた【天河大辨財天社】にすっかり魅了され、以来昼夜問わず何度参拝させて頂いたのか分かりません。

Shinzo~ History 【vol.2】

その後勤めていた会社を辞め、本格的に全国各地の神社仏閣を参拝させて頂くようになります。

最初に目に見えない存在を観じたのは、

 

四国にある崇徳天皇の陵である、【白峯陵】を参拝させて頂いた時。

そういえば、先程【Shinzo~ History 【vol.1】】で書いた【天河大辨財天社】
参拝の前にたまたま通りがかって寄った所が、これも奈良県にある

【崇徳天皇陵】

私の名前には、【崇】という文字が入っており、この流れには何かしらの意味が
あったのかもしれません。

又海外へもご縁を頂き、中でも

イギリスのストーンヘンジを訪問後、目に見えない存在からのメッセージを
強く観じる様になりました。

Shinzo~ History 【vol.3】

2018年7月、

【天河大辨財天社】において【御造営三十周年記念大祭】が執り行われ、【辨財天女神像】
が御開帳されました。

1週間の期間中3度参拝させて頂くご縁を頂きました。

その最初の参拝時の少し前の事です。

ご一緒するお客様が、ある方より自作の弁天像を預かって来られ、私も拝見させて頂きました。

それからしばらくして、それが夢で観じたのか、目が覚めている中で観じたのか、今もって定かではないのですが、ただ、

【できる!】

と観じたのです。

それは決して、

【拝見させて頂いた像よりもっと上手にできる】

という事ではなく、ただ、

【できる】

と観じたのです。

それから、

【粘土を捏ね、長細い形のものをまず作り、そこから肩を斜めにならしていく】

そんな光景が浮かんできたのです。

とりあえず、100円ショップで紙粘土を購入して触れてみる事にしました。

紙粘土など触れるのは恐らく、幼稚園以来ではなかったでしょうか。

粘土細工どころか、絵画などそんな芸術的な才は私には全くありません。

そんな私が最初に製作したのが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらの弁天像。

とても作品と言えるようなものではありませんが、私にとってこの像は大きな意味を持つものだったのです。

Shinzo~ History 【vol.4】

今から3年ほど前、お客様のご紹介である女性と出会いました。

神様が大好きな方でしたので伊勢や出雲は勿論、よくよく参拝の旅にご一緒しました。

【天河大辨財天社】【御造営三十周年記念大祭】もとても楽しみにされていましたが、その少し前から
病が女性を襲いました。

それは、癌の再発でした。

そんな女性に少しでも応援する力を届けたいと思い、先程の弁天像ともう一つ弁天像を作製し、
【御造営三十周年記念大祭】時に【天河大辨財天社】に持って参り、その後女性にお渡ししました。

しかし、それから程なくその女性は旅立ったのでした。

最後にご一緒したのも、6月1日の【天河大辨財天社】でした。

旅立たれた日も、60日に1度の、己巳の日という弁財天様の最高のご縁日でした。

どこまでも、神様が好きな人でしたから、自らなのか神様がそう導いたのかは分かりませんが、
大好きな弁財天様の最高の縁日に旅立たれたのです。

☆中央に写るのがその女性です☆

最初の(とても作品とは言えないような)弁天像をその女性にお渡しできた事は、今となって
はとても嬉しく思います。

Shinzo~ History 【vol.5】

その後、【龍】や【大国主】【吒枳尼真天】などの構図が浮かび何かを手本にしたり、
指導を受けたりすることもなく、ただ作り始めご縁ある方にお譲りしたり、奉納など
をさせて頂いております。

神という存在を崇め奉り、どこか遠くの存在に追いやってしまうのではなく、もっと
身近に、言うならば、仲良くさせて頂ける存在であるのだという事を感じて下さる方が
増えていくことを願っております。